2007年07月21日(土) [長年日記]
■ 桂文珍『大東京独演会 vol.1』〜ち・ちん・ぶんちん 上笑気流にのって!!〜@新宿紀伊國屋サザンシアター

始めて聞く文鎮さんの落語。
上方落語を生で聞くのも始めて
かも。
ずーっとまくらが続いてるかと思った噺。
神楽。
古典。
古典の全く現代版焼き直しとバラエティ豊かに笑わせてもらいました。
それがね、ホント全てのサービスが笑いに向かっているところが新鮮。
世の中の変な点を上げてもそれを揶揄するのではなく笑ってお終い。
筋以外は全部変えてしまうと言う荒技の古典焼き直しとか。
鳴り物もある、神楽もあるで独演会なのに縁日みたいな賑やかな雰囲気。
これがオオサカ?
でも、優しい語り口で聞いていて心地よい。
狂言の声は、内容がバカボンなのに本当の狂言そのもの。
流石。面白かったです。

■ 立川志の輔『志の輔らくご 21世紀は21日』@新宿明治安田生命ホール

チケット取れてなかったから「ま、いっか」と思っていたんだけど、文珍さんの落語を聞いてどうしてもと思ったので当日券チャレンジ。
開場1時間前に整理券を配るのに、ぴったり1時間前に到着。
階段に座布団をひいた席の一番後ろだったけど問題なし。
前座がなく1席目から志の輔。
椎間板ヘルニアで、西洋/東洋両医学の違いで揺れているまくらから腰に負担のかからない噺と思って始めた「ちりとてちん」。
いや、最後は見事に動いてましたね。
「よかったー!」と思って帰ってもらえる、ホスト/ゲスト両方の気遣いをみせてくれる。
こんな馬鹿話でもしっかりと人間模様を持ってくるのは流石。
大銀座落語にて英語の落語をやったり、『笑いの大学』英語版の舞台を見たりして、英語は説明文化で台詞以上にならないなーと言うまくらから、英語の「時そば」を日本語に再翻訳した「時そば」。
そばの味を表現する形容詞が直接的だ。
それにしても、外国人は一人舞台の一人芝居が理解できるのか?
日本語の力を存分に利用している古典落語は、そのままやって面白いのは当たり前というまくらを置いておいて、「唐茄子屋」でぐっと聞かせて終わる。
巧い。よいものを聞いた。

■ 落語ファン倶楽部 VOL.4
志の輔らくごの会場で売っていたのを購入。
志の輔・昇太の対談がメイン。
お互いの評価や、他の人からの人物評など面白い記事がたくさん。
その中で白眉なのが、P64-P65のお坊さんによる志の輔新作評。
志の輔の新作に出てくる人物は当然現代人のデフォルメなんだけど、デフォルメの方向として、今の人にありがちな方向の超ワガママとして設定されている。
が、もう一方の軸のデフォルメさ加減として、今の人にない、コミュニケーションを諦めないタフな人達である。
なるほど、現代人はワガママで数限りない不満を抱いているが、声高に叫ぶ前に不機嫌に沈黙してしまう。
志の輔は、そんな現代にはびこるディスコミの停滞状態を突き抜けるために、思いっきりコミュニケーションするタフで諦めない登場人物達に暴れさせ、いったん壊れた先に救いがある噺になっているんだと。
大笑いの向こうにある痛烈な風刺や、グッとくる感は、コミュニケーションの回復がキーと言われるとものすごく納得。
いや、笑い飛ばせぬ深さがあると目から鱗。


文珍さん大好き〜。<br>笑いの質の違いとかは、この本読んでみると参考になるかも。<br>『落語的笑いのすすめ』<br>http://www.shinchosha.co.jp/book/118913/<br>わたしは旧題「新落語的学問のすすめ」のを持っていて、今読み返しても面白い〜。こんな授業受けたいよ〜。